JR各線を巡る旅の記録

7 高山本線・太多線

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●日程

1991年3月31日
 【金沢】6:19発−(普通)→【富山】7:21着、7:35発−(普通)→【高山】9:53着、10:13発−(普通)→【美濃太田】13:09着、13:34発−(普通)→【多治見】14:00着、14:19発−(普通)→【可児】14:40着、15:14発−(普通)→【岐阜】15:55着、16:11発−(普通)→【米原】16:57着、17:19発−(普通)→【武生】18:54着、19:13発−(普通)→【金沢】21:02着(臨時列車運転のため21:17着)

●経緯

 乗りつぶし1の時一緒にいったメンバー(自分も入れて4名)で、また同じようにどこかへ行こうということになった。それでどこへ?ということで、いろいろと日帰りで乗りつぶしが出来るルートを作っていた。その中の一つの、高山本線を使い1周してくる、というルートがよいということになり、そうすることにした。そこでボツになった小浜線・福知山線のルートはこの10日前に一人で行っている。

●金沢−富山(北陸本線)

 本来、単独で富山まで行きそこで合流することになっていた。というのは、富山港線も乗っておきたかったからである。金沢5:30ぐらいの普通列車で富山まで行く予定だった。しかし目が覚めるとすでに5:30。間に合うはずがない。そこで、あきらめて他の人たちと一緒に富山まで行くことになった。この普通列車には、この後同じ年の8月にも乗り遅れて特急で追いかけることになる。本当に間に合ったのは1999年8月の飯山線へ行くときであった。とにかく4人で富山まで行く。特にいつも乗る区間なので変わったことはない。

●富山−美濃太田(高山本線)

 富山駅の少し離れたホームの列車に乗る。富山を出て、さっき渡った神通川を再び渡り、北陸本線と別れていく。市街地を迂回して西富山、そうして水田の中を走り、町のあるところに駅があり…、という感じである。多くの普通列車が終点となる越中八尾をすぎて、東八尾を過ぎると神通川を渡る。そして笹津を過ぎると、渓谷に入っていく。おそらく反対側の窓からは渓谷が見えているのだろうが、こちらからは山しか見えない。4人の団体行動なのでこのあたりの融通は利かない。細入村の駅で、小さな駅だがJR西日本と東海の境界であるために特急が停車してしまう猪谷を過ぎてさらに谷は深くなる。その中で富山県から岐阜県へと入る。

 駅名板もJR東海のものとなり杉原。このあたりで雪が残っていた記憶がある。それにしても深い谷で、ここも川がなければ交通が成り立たなかったところであろう。この線全体がそうであるともいえる。谷の中をずっと走り、飛騨細江からようやく谷が広くなる。飛騨古川で特急とのすれ違いか何かで停車時間が長かったので少し外へ出る。ビンの牛乳を売っていた。飛騨古川からは盆地の中を走る。さっきの谷が嘘のようである。水田の中を走り、市街地となってきて高山に到着する。

 高山で20分である。駅前に少し出る程度の時間しかない。高山を出て、市街地を抜けて水田の中を走る。少し距離があって飛騨一ノ宮。ここでもすれ違いで時間があるため、駅前に出る。木造の無人駅である。とりあえず、乗車駅証明書を取る。この後は再び谷の中を走る。高山本線は基本的に川沿いの狭い谷を通っているようである。材木の多い飛騨小坂を過ぎても谷の中であった。上呂あたりから谷が広くなり、下呂まで行く。下呂駅では停車時間が長いので再び外へ出る。

 再び谷が狭くなり、かなりの距離を走る。このあたりで空いていることだし、4人一緒にいてもしょうがないので1人で座ったりもする。どうも、こういう旅では団体よりも1人で外を見ていた方がよいようである。下麻生あたりから谷が広くなり、市街地になってきて美濃太田に到着する。

 美濃太田駅でしばらくうろついた後、他の3名と別行動を取ることにする。このまま岐阜へ行き、米原に行ったとしても北陸本線の普通列車と上手く接続していない。太多線で多治見で行き、再びここに戻ってきて岐阜へ行っても結果は同じなのである。それならば、少しでも「乗りつぶし」をしておきたい。他の3名はそのまま岐阜へ行って、遊んでいたいというので(そういう方が普通の神経であろう)それならば、それぞれのニーズに合わせて行動をしようということで、ここから岐阜までは単独行動ということになる。

●美濃太田−多治見−美濃太田(太多線)

 美濃太田からは今までの重厚な気動車ではなく、JR東海の軽快な気動車である。前にいると外も見えるので、あからさまに「かぶりつき」をしたわけではないが、ロングシートの一番前で外を見ることにした。しかし、これをするとその線の印象が「景色」というよりも「二本のレール」ということになる。そういうことにこの太多線で気づいた。そのため、この後は極力運転席の横や列車最後尾で景色を見るということはやめた。

 美濃太田を出ると、同じような列車が多く停まっている車両区というか運輸区を通過する。そして美濃川合を過ぎると木曽川を渡る。このあたりがこの太多線のメインだと思う。そして、名鉄が近づいてきて可児を通り、後は細い川と国道248号線に沿って多治見まで行く。特に変わった景色はなかったと思うが、それにしても2本のレール、という印象が強い。

 多治見駅で一旦外へ出る。ホームへ戻る。電車特急しなのが走っている駅らしく、久しぶりに電線を見た。ホームも今まで通ってきた中では長い。特急列車を待つ人の列もできている。

 戻りは一旦可児で降りる。名鉄との共用駅であるがあまり広くはない。その後は、美濃太田で降りる必要がなく、そのまま高山本線の残りの区間へ直通する。

●美濃太田−岐阜(高山本線)

 美濃太田からは木曽川の「日本ライン」と呼ばれる所に沿って走る。なかなか景色もよい。ただし、1両だけだったと思うがかなり混んでいる。運転本数が多いのだが、車両が少ないので混んでいる。犬山城が見えるらしいが、見えなかった。その後は、水田から市街地へとなっていき、岐阜に到着する。

●岐阜−米原−金沢(東海道本線・北陸本線)

 少し岐阜駅前に出て、それから米原行きの新快速に乗る。ホームでは整列乗車が出来ている。その後は何回か見た景色を見て、米原へ。米原から北陸本線に乗り換える。敦賀−芦原温泉の間でどの駅でも乗り換えてよかったと思うのだが、このときは武生を選んでいる。そして、鯖江で停車時間が長かったので、少し駅前に出たような記憶がある。暗くなってからはやはり団体行動の方が面白く、そのまま金沢まで戻る。


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