JR各線を巡る旅の記録

18 JR東西線 概要・全日


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●ルート

 時刻については本数が多い区間なので全く見当が付かない。
金沢−大阪間はいつもの通り普通列車+新快速列車
 【大阪】−(環状線)→【京橋】−(JR東西線)→【尼崎】−(JR東西線)→【新福島】 (徒歩) 【福島】−(環状線)→【弁天町】 以下省略

 

●経緯

 JRに新線が開業した。以前は片福連絡線(片町線と福知山線)と呼ばれていたが、いつの間にかJR東西線として開業することになった。開業して間もない時期であるが、大学のゼミの小旅行(本来は日帰りだったが、大阪に住むことになる友人の宅へ訪れたりその他の用事で個人的に1泊2日とした)で、大阪へ行く機会ができたので、そのついでに乗っておくこととした。大阪府内のJR線は完乗してしまっているが、新線ができたので完乗ではなくなっている。ここで再び完乗の状態にしておくのである。

 なお、この日は青春18きっぷが使用できたが、帰りはゼミの人たちと特急で帰るため今は無き「京阪神ミニ周遊券」を使用した。しかも、金沢−福井間については定期があったので(大学生であるときの最後の定期券で、期限切れの2日前)金沢−福井間は定期券を使用して、福井から向こうを周遊券とした。福井発の周遊券を金沢駅で買えなかったので、行くときの福井駅で10数分の停車時間で周遊券を購入している。

 

●JR東西線(京橋−尼崎−新福島)

 大阪駅から大阪環状線で京橋へ行く。もちろん、北新地で直接乗ってしまっても良かったのだが、はじめからきちんと乗りたい。

 特にあわてる旅でもないので、京橋駅前を少し歩く。橋を渡るとよみうりテレビがある。家で聴くMBSラジオで以前CMをしていたダイエー京橋専門店街もある。どうも、田舎者が都会へ出てきた感激が見受けられる。そういえば半年前に大阪へ来たときもMBSを見て喜んでいた。

 さて、京橋駅は6年前に来たときは、改札はくぐっていないが片町線と大阪環状線の乗り換えをした。そのときの片町線の京橋−片町間がJR東西線の開業に伴い廃止となっている。その廃止された線路の跡が京橋駅から見える。片町駅の跡も見える。それに沿ってJR東西線の新しい線路が走っていて、片町駅跡の手前で地下に潜っている。

 いよいよ列車に乗ってみることにする。列車そのものはJR東西線だけを走るのではなく、片町線の木津・松井山手等から乗り入れてきて、JR東西線を経由して尼崎まで出る。そのまま福知山線に乗り入れ、宝塚まで行くというもので、まさに「片福連絡線」である。

 京橋を出ると、すぐに地下に潜ってしまう。このまま尼崎直前まで地下を走るため、沿線は全く分からない。地下鉄との乗り換えも意識しての駅の配置らしいが、時刻表の「地下鉄路線図」では、どの駅がどの地下鉄の駅に近いかの情報がないためよく分からない。何となく、「大阪城北詰」は、「天満橋」、「大阪天満宮」は「南森町」の乗り換えのような気がするがよく分からない。いっそうのこと、地下鉄の駅名にしてしまって、乗り換えもすぐできるようにしてしまえば良かったと思うのだが。JR東西線は経営主体がJRだったというだけで、実質は両側から別の線(JR)が乗り入れる地下鉄の一路線であると考えても差し支えないような気がする。

 北新地は大阪駅からの乗換駅ということになっている。実際歩いてみると多少距離があるが、一応乗換駅である。ビルの中を歩くと、どうも距離感覚が分からず、実際どれだけ歩いているのか全く見当が付かない。

 新福島・海老江を経て御幣島、加島である。このあたりはJRや私鉄、地下鉄がない地域だったようなので便利になったのではないかと思う。

 そして、地上へ出て武庫川を渡って尼崎に到着する。尼崎駅は橋上駅になっており、また、ホームの並びも変わったらしい。前は新快速も通過し、福知山線の乗り換えは大阪駅だったがいまは新快速が全列車停車し、交通の要衝となった。駅前は少し工事中だったが、きれいになっていた。

 尼崎からそのまま東海道本線で大阪へ行っても良いが、JR東西線のどこかの駅で降りてみたくなり、乗り換えに便利そうな新福島まで戻ることにした。

同じ線路を通り、新福島まで着く。JR東西線の開業に伴い、JR東西線と片町線、それと大阪環状線の大正駅で自動改札が導入されていた。関西圏のJRとしては初の自動改札であった。私鉄では早くから導入されていたが、JRでは初めてである。いよいよJR西日本にも自動改札が導入されてしまった。といっても、金沢では導入されるのかどうかよく分からないが、まわりに小さい駅が多いのと、特急で遠距離乗車をする人が多いということ、普通列車の本数が少ないので、短距離客は集中するということから当分の間導入されないような気がする。

 また、このときは限定された駅だけだった関西圏の自動改札だが、その後急速に普及し、その年の8月に来たとき大阪駅は自動改札がなかったが、11月に来たときには導入されてしまっていた。それに伴い大阪環状線各駅や東海道本線各駅などでも導入されている。 話が横道にそれたが、とにかく関西、あるいはJR西日本初の自動改札だったためそのときは各駅に余分に駅員が配置されていた。そしてとまどっている人に指導をしていた。この新福島駅でも本来は駅員は1人だけなのだろうが、そのほかに自動改札担当の人もいた。

 新福島駅の有人改札口を出て、地上に出る。少し歩くと大阪環状線の福島駅があった。福島駅から交通博物館へ行くために弁天町まで大阪環状線に乗った。


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